偏差値より先に、起床時間が変わる。

面談室で、親御さまが鞄から出す紙は、だいたい決まっています。模試の成績表です。

「先生、始めて二か月経ちますけど、偏差値、ひとつも上がってないんです」

細部は混ぜてありますが、面談室でよくある光景です。私はその成績表を一応ちらっと見て、別の紙を机に置きます。本人が毎日つけている記録で、項目は三つ。起きた時間、机に向かった回数、決めたことをやれたかどうか。

二か月前のページには「13時」「14時半」「15時」と、昼のワイドショーが終わる頃の数字が並んでいます。先週のページは「10時」「9時40分」「10時20分」。親御さまはしばらくその紙を眺めて、「あ、たしかに最近、昼ごはんを一緒に食べてます」とおっしゃいました。

偏差値は変わっていません。起きる時間は変わっています。この二か月でお子さんに起きたことのうち、大きいのは後者のほうだと思います。

偏差値は、一番遅れて届く通知です

模試というのは、全国一斉参加型の統一クイズです。クイズの点を上げるには、前日までに何百回か机に座っている必要があります。学歴とは「やるべきことを、やるべき時期に、どれだけやれたか」を測る指標だと、私は塾を始めた頃から言ってきましたが、偏差値はその集計結果で、集計はいつも遅れて届きます。

日本には、昨日の努力が今朝の数字に出てこない計器が二つあります。体重計と、模試の偏差値です。私は48歳になってから夜に走るようになり、翌朝、体重計に乗って一喜一憂していますが、あれは昨日の唐揚げをまだ計算している途中の数字です。二か月後の成績表も同じで、計算しているのは、お子さんが止まっていた数年分のほうです。

ここを取り違えると、親御さまは「二か月やって変わらないなら、やり方が悪いのでは」と考え始めます。考えたくなる気持ちは分かります。私も毎朝、体重計の前で同じことを考えています。

先に動くのは、起きた時間です

学習を再開した直後に先に動く数字は三つです。起きた時間、机に向かった回数、決めたことをやれた回数。だいたいこの順番で動きます。偏差値はこの三つのずっと後ろを、のんびり歩いてきます。

なぜ起きた時間が最初かと言えば、理由は単純で、起きていないからです。午後三時に起きる子に単語帳を渡しても、その子が目を覚ました頃には学校も図書館も閉まりかけています。生活が整わないうちに勉強を求めても成立しない、というのは塾を始めて以来何度も見てきた型で、勉強以前に、起きている時間に机がないのです。

そこで再始動ラボでは、最初の約束を勉強の中身にしません。「明日、11時までに起きて、机の前に座る」。座ったあと何をするかは問いません。座った回数が増えてくると、次に「決めたことをやれた」回数が増えてきます。ここで初めて、本人の中の数字が動き始めます。

最初に上がるのは、自分への信頼です

長く止まっていた子は、「明日からやる」と宣言して明日が来なかった経験を、親御さまが想像するよりはるかに多く積んでいます。本人が一番よく知っています。だから「どうせ自分は」という結論に、ものすごく手際よくたどり着きます。この手際の良さは、放っておくとそのまま受験本番まで持ち越されます。

以前、私より遥かに優秀な知人に「受験に最も必要なものは何か」と聞いたことがあります。答えは「向上心と執着心、これに尽きる」でした。そりゃそうだ、と思いました。ただ、止まっている子に向上心を持てと言っても、何に向かって上がればいいのか本人にも見えていないので、そこは順序が逆です。自分で決めたことを一度でもやれると、翌日の自分を少しだけ信用できるようになります。信用できる自分が出てきて、はじめて向上心の置き場所ができます。

20年、延べ数千人の受験生を見てきましたが、再開直後に偏差値から先に上がった子に、私はまだ会えていません。起きた時間から変わる子が、一番多いです。もし偏差値から先に上がる子がいたら、ぜひ教えてください。見学に行きます。

ちなみに私も、英単語アプリの「連続学習記録」を、三日で途切れさせたことが何度かあります。48歳。

親御さまにお願いしたいのは、見る紙を変えることです

誤解のないように言っておきますと、私は塾を始めて以来「大学受験は結果を出してナンボ」と言い続けてきた人間です。偏差値は要らないとは一度も言ったことがありませんし、これからも言いません。順序の話をしています。点数は後でいい、と言うと放棄に聞こえますが、「後でいい」は「後で要る」という意味です。

「塾に入れたら成績が上がる」という想定と、実際に先に動くものがずれていると、二か月目で「思っていたのと違う」になります。黙って離れていくご家庭の理由は、たいていこのずれです。そして順序を間違えると、せっかく起きられるようになった子に「で、成績は?」と聞くことになります。やっと走り始めた人を体重計を持って追いかけるようなもので、本人は走るのをやめて体重計を見つめます。翌朝、起きません。

ですから親御さまにお願いしているのは、模試の成績表を開く前に、起きた時間の紙を見ることです。できれば本人に「何時に起きたの?」と聞かなくていいようにします。聞かれると、それはそれで詰問になりますので。記録は再始動ラボで預かって、面談でまとめてお見せします。親御さまが毎朝ドアの前で時計を見張っている必要はありません。

合格通知は、頑張った人の頭上に降り注ぐ天恵のようなものです。試験は水物ですから保証はしません。ただ、起きていない子の頭上には降りようがありません。配達は午前中に来ますので。

短縮版は note にも掲載しています。