約束は守れるサイズに切る。

面談で親御さまの口からよく出てくる言葉のひとつに、「毎日2時間やるって、本人が自分で言ったんです」があります。隣で本人は下を向いていて、テーブルの上には持参されたカレンダーが置いてあり、月の初めに丸が3つ並んで、4日目から先は真っ白です。丸のついた3日間はたしかに2時間やったのでしょう。4日目に何があったのかを本人に聞くと、大体「いや、特に何も」と返ってきます。「特に何も」の中身を長年調査し続けてきましたが、本当に何もなかったことがほとんどです。何かがあって崩れたというより、何もない日に2時間が重かっただけです。

破れた約束は、約束の方が忘れられても残ります

子どもが約束を守れなかったとき、親御さまの側で起こることは分かりやすくて、がっかりします。がっかりした顔は口に出さなくても本人に伝わっていて、暗い部屋のテレビの赤い電源ランプくらい目立ちます。一方で本人の側で起こることは少し分かりにくく、「2時間やれなかった」という事実より先に、「自分は言ったことを守れない人間だ」という方が記憶に残ります。約束の中身の方はすぐ忘れます。2時間だったか3時間だったか、英語だったか数学だったかは、1週間もすれば曖昧になります。

ここで親御さまの焦りが、たちの悪い方向に働きます。3日分できなかったのだから取り返すために明日からは3時間、という発想です。本人の方はすでに守れない自分を抱えた状態で次の約束をしますから、同じ2時間でも前より重く感じています。片方は約束を大きくしたがり、片方は小さくしたがっているのに、実際に口から出るのは前より大きい数字です。こうして約束は回を重ねるごとに膨らみ、守れる確率は回を重ねるごとに下がります。借金の利息と同じ仕組みです。複利。

2時間は、誰のサイズだったのか

ではその2時間はどこから来たのでしょう。本人に聞くと「なんとなく」と言いますし、親御さまに聞くと「本人が言ったので」と言います。ただ、長年見ていると、2時間という数字は本人の現在地から出てきたものではなく、親御さまの不安の大きさから出てきたものであることがほとんどです。本人は親の顔を見て、この顔が納得しそうな数字はいくつだろうと考え、2時間と答えます。子は親の期待を、言葉に出さなくても敏感に感じ取ってしまいます。感じ取った期待を、本人が代わりに口にしているだけです。

ちなみに、その時点で本人が実際にやっている勉強時間は、多くの場合0分です。私も昔は割っていました。

私も走ると決めた翌朝、雨でした

勉強の話ばかりだと息が詰まりますので、少し脱線します。去年、毎朝走ると決めました。決めたその日の夜にランニングシューズを買い、玄関に綺麗に揃えて置いただけで、もう5キロくらい走った気になれました。翌朝は雨でした。その翌朝は雨が上がっていましたが、私の方が上がりませんでした。シューズはその後も玄関で立派に新品のまま過ごし、現在は靴箱の一番上で季節外れのサンダルと仲良くしています。

48歳にもなって決めた翌日に挫ける人間が書いていますので、毎日2時間を守れなかった子に偉そうなことは言えませんが、ひとつだけ分かったことがあります。あの時に決めるべきだったのは毎朝5キロではなく、翌朝シューズを履いて玄関を出る、までだったということです。出てみて気が乗らなければ戻ればいい、という約束です。その程度なら雨の日でも守れますし、少なくとも傘を差して玄関の前に立つことくらいはできます。

守れる約束は、馬鹿にできるくらい小さい

守れるサイズというのは本人が「それくらいなら」と鼻で笑えるサイズです。机に座る、教科書を開く、1ページだけ読む、その位のものです。大人から見れば、そんなものを約束と呼んでいいのかと思うでしょう。思って結構です。ただ、馬鹿にできるサイズでないと守れない、というのが長く見てきた上での結論です。意志の問題だと言う方もいますが、意志で2時間座れるなら、その子はすでに座っていますし、私はすでに走っています。

そして守れたら、その場で丸をつけます。小学6年生の時に通っていた塾の塾長に「プリントは必ずその場で覚えなさい。そして、覚えたら捨てなさい」と言われたことがあり、その後の私の勉強の仕方はほぼこの一言で決まりました。約束も同じで、守ったらその場で丸をつけ、丸をつけたら約束の中身は忘れて構いません。本人の中に残るのは守れたという記録だけで、これが破れた約束と丁度逆向きに積もっていきます。

20年ほど塾の仕事をしてきて、2時間の約束を破った子は数えきれませんが、5分の約束を破った子はあまり思い出せません。破る前に終わってしまうからです。5分やってもう少しやりたければ勝手に続けますし、続けなくても約束は守られています。終わった後の本人の顔を見てください。大抵、拍子抜けしています。拍子抜けが3日続くと、次は本人の方から「10分にする」と言ってきます。言ってこなければ5分のままで構いません。約束のサイズを決めるのは本人であって、親御さまでも私でもありません。

親御さまに、ひとつだけお願いがあります

本人が「5分」と言った時に、「それだけ?」と言わないでいただきたいのです。顔にも出さないでいただきたいのですが、こちらは正直なところ難しいと思います。出てしまった時は、出てしまったなと思っていただければ十分です。親御さまの不安の大きさと約束の大きさは本来別の物ですから、不安は不安として抱えたまま、約束は本人のサイズのままにしておいていただくのが理想ですが、これができる親御さまは実のところ少なく、私自身は人の親ではありませんから、その難しさを偉そうに語る資格もありません。

ただ、約束を破って傷つくのは親子の両方ですが、自分は守れない人間だという方を引き受けるのは本人ひとりです。だから約束は、本人が守れるサイズに切ってから結ぶ必要があります。切る作業は本人ひとりでは難しいことが多いので、再始動ラボではそこを引き受けています。本人が決めて、こちらが切って、親御さまは丸がついたら一緒に見る、という3つが役割の全てで、それ以上増やすと言い訳の対象が増えます。親がうるさいから、塾がうるさいから、親戚のおじさんの嫁の弟の友人の幼馴染がうるさいから、という具合に。

ちなみに私のシューズですが、この記事を書き終えたら靴箱から玄関に出すという約束を、自分と結びました。走るとは言っていません。

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